河童


 ガタゴトと揺れる車内の中で、つり革に掴まり車窓から夕日を眺めていると、ふと「河童なんていないよ」という言葉が飛び込んで来た。混みあった車内で、その言葉は誰が発したのか、男の声であったか女の声であったかも知れず、あるいは子供の声だったのかもしれない。それはおそらく他愛もない会話の一端だったと思うのだが、何か強く掴まれるようなものがあって、胸騒ぎを覚えた。否定形で語りうるものとは、ある程度、お互いの中でイメージされているもののでなければならず、それが全く本当にないものならば、相手に対してわざわざ否定してみせる理由も必要もないわけで、それなのに否定してみせる必要があるということは、少なくとも否定されるイメージがあるということなり、それはある意味、「それ」が存在している証左だといえるのではないだろうか。いや、そもそも存在していると確定できないからといって、それを即ち存在しない理由にしてしまうのは軽率なのだ。<4以上の全ての偶数は二つの素数の和として表わされる>この至極当たり前のようなゴールドバッハの予想が未だ証明されず、かといって否定もされていないように、世の中には正確に決定しえないものというのがいくらでもあって、あるいはひょっとすると今この車内に、河童がいるかもしれない。

 駅に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。何故だか訳もなくまっすぐ家に帰るのが憚られたので、駅前の飲み屋の暖簾をくぐった。初めて入る店だったが、割合と感じの良い店で、ついつい杯を重ねてしまう。ほろ酔い加減になってきた頃、隣にいたすっかり酔いのまわった男が、不景気がどうのこうのと話かけてきた。しばらくは男の話に適当に相槌を打っていたのだが、そのうちに何故だかうっかり「あなたは河童ですか」と訊ねてしまった。すると男はニタニタ笑うと「そうですよ。私は河童ですよ」といった。そして「私は河童だぁ!」と叫んで、カウンターに突っ伏してしまった。私は店主と顔を見合わせて、思わず苦笑すると、勘定を済ませ、店を出た。星の見えない夜空に月だけが白くぽっかりと浮かんでいた。私はあの男は河童であるはずはないと思った。
 家に着いて玄関の扉を開けると、いつも遅く帰って来ることにうるさい妻が何故だか上機嫌で出迎えてくれ、私がテーブルに着くと向かいに坐ると、ついぞ見せたことのない笑顔を浮かべ、「あのね、あなたにいうことがあるの」といった。
 私はただ黙って頷くと、この女こそ河童だと確信した。


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