落日の機械
まるで迷路の中を進むみたいに薄暗い道から道へと気まぐれに歩いていた。
時刻もちょうど夕暮れ時で、遠くから風に乗って豆腐屋のラッパの音が聞こえてくる。
不意にそれまで狭苦しく軒を連ねていた家が途切れると変に広い空地にみょうちくりんな大きな機械がデンと居坐っていた。剥き出しの歯車やらなにやらいろいろ複雑に組み合わさってはいたが大きな滑車に太いロープを巻きつけた一人乗りの観覧車のゴンドラような箱を持ち上げて下ろすただそれだけを繰り返すだけの単純な機械だった。
「今にね、これをもっとうんと大きくするんですよ」
いつの間に傍にぬっと立っていたみょうに背の高い男が私にそういった。
「どれくらい大きくなりますか」
私はほとんど儀礼的にそう訊ねた。
「大きくといえばそれはもう途方もなくですよ」
「そうすると、まわりにある民家はどうなりますか」
「実はもうこの辺り一帯は買収が済んでましてね」
「はぁ、そこまで進んでますか」
「ええ、ぬかりはありません」
男がやけに自信たっぷりに答えるのでここからそう遠くないところにある友人の家のことが心配になり男に別れを告げると彼の家に向かった。友人は突然の訪問に驚くでもなく私を部屋に招き入れると自慢げに机の上にある小さな機械を見せた。それは小さなゴンドラについた紐を滑車が巻き取り持ち上げるだけの単純な機械で、細部は違っていたが先ほどの機械とまるで同じ構造のものだった。
「今に金を集めてこれをもっと大きくするのだ」
「大きくってどれくらいだい?」
「大きくといえばそれはもう途方もなくだよ」
曖昧に頷いてから、もうすでに彼の機械よりも大きな機械を作っている男がいることを彼に教えてやるべきか少し迷ったのだけど、彼を失望させたくはなかったし、どのみちあちらの機械のことを彼が知るのはそう遠くはないだろうから黙っておくことにした。
それにしても妙なことが流行っているものだと私は思いながらやがて途方もなく大きくなったこの機械のゴンドラの中に街がまるまる一つ這入ってしまっているところを想像した。半日かけて街は持ち上がり、落日と共にまた半日がかりで元に戻るのだ。何故だかそれが街の本来あるべき姿のように思え「確かに途方もなく大きくしなきゃいけないな」と私は言った。