トンネル


 薄暗さに慣れとっくりと目を凝らして見ると、トンネルの両脇には延々と鯨幕が続いていて、足元の細長い金属のようなものは予想通りトロッコのレールだった。私はそのレールに沿ってトンネルの奧へ奧へと進みながらよくよく考えてみるのだが、どうにもわからないのは路面電車に乗り込んだ筈なのに、何故このような場所にいるのかということで、途方に暮れるという程でもないが、いささかの気持ち悪さのようなものは感じていた。
 奧へと進むたびに、いや奧へというのもどちらが奧なのか要領を得ないので、便宜上奧へということにしているのだが、ともかく歩み続けるたびにトンネルの両脇に薄っすらとした灯りのようなものが燈り始め、ようなだなんて、なんとも迂遠ないい方だとは思うのだけれど、とっくりと眺めてみれば、そこにあるのは鯨幕がかかったただの壁で、何の光源もなかったから、灯りのようなとしかいえず、しかし面妖に思うほどのことでもないようにも思えるのだからなんだかよくわからない。
 そのよくわからぬ灯りと共に、なにやら生活のざわめきのようなものも聞こえはじめ、人の気配など微塵もないのに全く妙なもので、ちょいと耳を傾ければどうにも夕食時のひと時のように感ぜられるのだが、ここは薄暗いトンネルの中なのであって、勿論夕暮れ時の街中ではない。
 そうして私の頭がいよいよ可笑しくなってきたに違いないと思い始めた矢先に、背後でレールの上をゴトゴトと走る音が聞こえ、振り返って見れば、薄暗いトンネルの中をトロッコがこちらに向かってくるところで、いや、近づいてくるそれをよく見てみればそれはトロッコではなく、棺桶に相違なく、何故延々と鯨幕が続いているのか諒解出来た気がした。ひょいとレールから退いて棺桶を見送った先に、先程からのはっきりとしない灯りとは異なった灯りが燈っているのが見え、足早に近付いてみたならば、トンネルの壁を穿ったような格好で一膳飯屋があって、中に這入ると粗末な外見とは裏腹に粋な様子で、ビフテキなどがひどく安かったから、ビールと共に注文して席に付いた。
 愛想がよいような悪いような曖昧な態度の店の親父の顔には、どこか見覚えがあるような気がするのだがどうにもはっきりとせず、はてと頭を傾けているうちに注文したいやに肉汁を滴らせたビフテキが運ばれてきた。
 ひどく安い値段にも関わらずビフテキは大変美味く、美味い美味いとすぐに食べ終え、それからようやく、この店の親父は近所の野良犬にどこか似ているのだということに思い至った。
 店の外からは、ゴトゴトと棺桶が通っていく音が聞こえてくる。


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