古時計 04/6/16


 あれは一体どこだったのかはっきりとしない。友人の家の屋根裏であったような気もするし、大叔父の家の物置部屋であった気もする。ともかくそこは、箪笥や机、鏡台などのおよそ使わなくなった家具や、いつのまにか捨てそびれてしまったガラクタが山と積まれた薄暗い部屋で、わずかに差す明かりに、埃が舞って、甘酸っぱいような息苦しさと湿気が、闖入者を忌むように遠巻きにしてまとわりついてきた。まだほんの子どもだった私はそのガラクタの山の中に、秘密の宝物でもありはしないかと、わけいっていったのだ。
 埃をかぶった天球儀や、ひび割れたフラスコを丁寧にどけ、その下になっていた黒い模造皮が張られた薄い箱を取り出した。模造皮の鈍い光がいかに秘密めいていて胸が高鳴った。そっと箱を開けると、赤い布表紙に薔薇があしらわれた小さな本が仕舞われおり、知らずのうちに固唾を飲み息をもらすと、おそるおそるページを捲った。それは、古い外国の切手ばかり集めた切手帳で、少年の私にはほとんど宝石箱のように思えたのだった。私は、それをシャツの内側に忍ばせ我が物にしたいという衝動に駆られたが、さすがに良心が咎め、その中の特に気にいった白い花が美しく描かれた一枚を失敬するに留めた。今となってはいつなくしてしまったのか解からないが、それは少年時代の大切な宝物の一つだった。
 箱を元の場所に直そうと立ち上がると、傍の一角に積まれた古雑誌が崩れ、私をひどく慌てさせてた。そして、その崩れた一角の奥に、じっと身を隠すようにして、大きな古時計があったのだ。
 当時の私には魔法のように見えた金のローマ数字に、細く王冠のような先をした針があって、繊細に彩られた振り子はまるで鏡のように輝いていた。私は何故だかじっと魅入られてしまって、振り子は振れておらず。針はピクリとも動いていなかったのに、古時計が時を告げるのをいつまもで待っていた。日が暮れてしまってから、叔母だったか母だったか誰かが心配をして探しに来たはずだが、それはもうはっきりとしない。
 
 不意に私の背後で、ぼーんと音がした。振り返ると、大きな振り子時計があって、時を告げていた。
「さぁ、時間よ、行かなくっちゃ」
 私の傍らで、ウェディングドレスを着た娘が立ち上がってそう言った。
「お父さん」
 そう呟いて私を見つめる娘はひどく眩しかった。

 背後で鳴る振り子時計があの時の古時計かどうか私には解からない。


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