夕間暮れ 04/9/9


 あのような夕空を何といえばよいのか。何か無性に胸騒ぎをかき立てられるような、見たこともない真っ赤な夕焼けで、物凄いような夕空、そのようにしか言い表せないように思える。なにもかもが真っ赤に沈みこんでしまった町中を、何の用があってふらふら彷徨っていたのか今はもうよくわからない。蝙蝠が低く飛び交い、鴉が遠くで鳴いていた。いつの間にこんなところまで来ていたのか、ふと気がついたのは町外れの大きな神社近くのことで、真っ赤に染まった空を背景に、黒々とした鎮守の森が鬱然と生い茂っていた。正月や夏祭りの時分には、賑やかに人が行き交う参道も今は人影がなく、まるきり寂莫としている。そんな中、まるで気配なく一人のみすぼらしい男が、参道の傍らに佇んでいて、小さな箱を開けて何か商いをしている様子で、ついつい興味を惹かれその箱を覗き込んでみた。中には何匹もの毛をむしられた肌色の鼠のようなものが、せわしなく動き回りながら、キイキイと鳴きわめいていて、箱には妙に丁寧な字で


 ― 神様 一柱参百円也 ―


 と書かれていた。こんな神様があるわけもなく、大方ハムスターか何かの新種だか合の子だかで、インチキに違いないだろうに、何故だか興趣が湧いたのは、なにもかも真っ赤にしてしまった夕日の所為だろう。
 ――この三百円というのは税込みかい?
 ――税金はこちらでサービスちゅうことになってます。
 ――ほう、そりゃいい。エサは何をやればいい?
 ――何もいらしまへん。勝手に齧りますさかい。水だけやったってください。
 ――そりゃ安あがりだ。よし一匹貰おうか。
 ――へえ。毎度おおきに。
 エサは何もいらないなどというのは当然出鱈目に違いなく、神様らしくするための男なりの演出に違いない。その時はそう思ったものの、その神様を買ってからもう十日も経つというのに、ハムスターの檻に入れられた神様はやったエサにはまるで口をつけず、それでいて今日も元気にクルクルと車輪を廻している。これはあるいはひょっとしたらひょっとするかもしれぬ。などとそれは勿論馬鹿げたことだというべきなのだけど、何かそのうちにとんでもないことが起るのではないか。そんな気持ちがいつまでもゆらゆらと揺曳していて消えない。と、ここまで書いてしまって、はっと、あの日以来ただの一度も夕焼けを見ていないことに気づき、決めあぐねていたこの話のタイトルを「夕間暮れ」とすることにした。

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